BCP策定推進フォーラム2019開催レポート ~基調講演2~
BCPは人財育成の最高のツール~数百社のBCP支援を通じて見えてきた効果的なBCP活動と人材育成のつながり~
ニュートン・コンサルティング株式会社 代表取締役社長 副島 一也氏
BCPは魔法の杖ではない
当社・ニュートン・コンサルティングは企業などの危機管理支援を行っています。最初の活動場所は英国でした。1998年にNewton ITという企業を英国で始め、ITソリューションサービスを提供していました。約10年間、私は英国で活動し、取締役を経て社長業も務めてきました。この間、大きな事件が二つありました。まず2005年のロンドンで同時多発テロ。朝9時に地下鉄3カ所と、地上でバスが爆発するという大事件でした。この年はさらにロンドンの北にあるバンスフィールドというビジネススエリアで、石油貯蔵庫の大爆発が起こりました。これは欧州最悪の石油施設爆発といわれています。その前にあったビルに顧客も入居していましたが、大被害を受けています。これらの大事件の際に、すぐに自主的に退避したり、代替オフィスを探したりするといった、英国人の迅速で臨機応変な危機管理に感銘を受けました。こういった危機時の対応は、日本でもきっと役に立つという思いで、2006年にわが国に逆進出する形で今の事業を開始しました。
今年度で14期目を迎えますが、ありとあらゆる業種の企業のほか中央官庁や自治体も支援してまいりました。これまでに支援した企業は1500社以上、支援した組織は50団体以上にのぼります。BCP策定だけでなく、実際にBCPを発動することを想定した訓練などの支援も、毎年のように行ってきました。「『あの時もっとこうしておけば良かった』を世界から失くしたい」というのが当社のビジョンです。とにかく顧客が後悔しないよう、真摯に取り組んでいます。
さて、実行力のあるBCPは、人材育成に直結すると私は考えております。過去20年の間に日本では自然災害が数多く発生しております。特にここ数年は地震、台風、さらに噴火と毎年のように複数の災害が起きていて、大変な状況になっています。地震について考えてみましょう。それぞれの活断層で「数千年に一度」のペースで地震が発生したとしても、国内には数千の活断層が存在するので、毎年のように地震が起きるという計算になります。首都直下地震も近く必ず起きるでしょう。台風についても、私は九州出身で、数多くの台風を経験しましたが、最近では関東を直撃するケースが増えています。さらに、昨年、東京都は最悪の高潮が発生した場合、23区の3分の1が水没するという調査結果を発表しました。江戸川区は今年、最悪の水害の発生時に「ここにいてはダメです」と表紙で訴えるハザードマップを作成・配布し話題を呼びました。それだけ事態は深刻化しているということです。
BCPの目的は、事故・災害から資産や命を守ることと、事業を継続させることの2つです。その実現のために、まずは緊急時対応をしっかり行い、命を守り、その後に対策本部を作り事業継続に向けた活動を行うことになります。こうした対応が取れる人材を育成していくことがBCPの実行力を高めるということになります。
一方、BCPにいざ取り組むと、さまざまな悩みが出てきます。どこまでやっても終わりが見えず、大変だとよく言われますが誤解されている点も多いようです。BCPは何でも解決できる「魔法の杖」みたいに考える方もいますが、決してそうではありません。他にも「素人には作れないから専門家に任せよう」「完璧な手順がないと訓練もできない」「他組織からBCPを持ってきて、自社の名前に変えて使ってしまえ」なんて考える人もいます。こういう認識があるから機能しないBCPができてしまうのです。
機能しないBCPは大抵、文書を作ることが目的化しています。また実施体制が総務部やリスク管理部といった担当部署だけで、現場の人が体制に組み込まれていません。外部コンサル活用の契約条件が文書作成の請負契約なんてものもありまして、これらの悪例には効果的なBCPにする必要な要素が一つも考慮されていません。BCPは作成する事務局だけでなく経営者から現場責任者まで演習を行うことが大事です。文書作成でなく、訓練を通じて、一人一人が事業継続を自分事化することが実行力あるBCPにつながるのです。
さて、BCP活動を劇的に効果的にするには5つの鉄則があります。
(1)社長自らが指揮を執り、先頭を切って活動する。
(2)社内で最も活躍するキーマネージャーたちが推進する。
(3)現場を巻き込み社員全体で活動する。
(4)自社独自のやり方を自ら考えて活動する。
(5)何年も何年もやり続ける。
―の5つです。この5つができている企業は、大抵BCPがうまく機能していますが、こうしたことを推進すること自体が人材の育成の貴重な機会になっているのです。
活動を継続し、会社の体質を変え、企業風土を変えるため、とにかく社長には「やるぞ」と言ってもらいたい。担当者はトップのところに行って号令掛けていただくことが大事です。そして社内で最も活躍するキーマネージャーたちが、BCPを推進するトップを補佐することでスムーズになります。普段から忙しいマネージャーが参画すると、他の人たちも自然と動くようになってくるでしょう。現場の社員全体で活動する、現場を巻き込むことで、自分たちにとって最良の方法について、自分たちで考えるようになります。何年も何年もやり続け、企業風土を安全重視に変えるのです。
BCPと人材育成がつながった好事例を紹介します。株式会社生出は包装技術サービスの会社です。いわゆる「プチプチ」と呼ばれる梱包材を製造しています。昔、この会社のBCP策定を支援させていただいた時、なぜBCPに取り組むのかと質問したことがありますが、「BCPがないと梱包材を出荷できない可能性があります。するとお客様は出荷ができず物流を止めることになり、そうならないためにも全員で取り組みます」とのご回答をいただきました。
もう一社、大成ファインケミカル株式会社はアクリル樹脂・製造の会社です。BCPへの取り組みで、緊急時の連絡方法や情報共有について検討した結果として平時からのITシステム自体が見直されました。さらには経営層の思いを若手社員に伝えることで、会社への帰属意識を高め、全社一体で取り組んだ結果、平時の業務改善まで進みました。「社員はこんな優秀だったのか」と社長は感激していました。
先ほど申し上げた5つの鉄則を順番に実行し、サイクルを回す。これによって実行力のあるBCP活動と同時に、人材が育ちます。社長、キーマネージャー、若手が一緒に議論するようなプロジェクトって、どの会社でもそんなに多いことではないでしょう。会社の組織力を上げていき、その結果会社が強くなる。ぜひ皆さんがこのサイクルを回して、強い人材を育成し、強い企業を作り上げることを切に願います。